ハーバード大学教育大学院
ハワード・ガードナー教授 <講演会>
資料
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この度、ハワード・ガードナー教授の来日講演会が、関係する大学、企業の方々のご協力により実現する運びになりました。今回の講演の主題である多重知性(Multiple
Intelligences, MI)理論に関しては、欧米、中南米、アジア地域においても、採用している学校が増えてきておりますが、最近では米国の二大TVネットワーク系列のTV, Web siteでもMIを取り入れた子供向けを中心に色々な番組、サイトが出来ています。特に検索エンジンGoogleで検索されるとそのサーチ結果数は近年とみに増えております。
来日講演のスケジュールに関して教授から、ご相談を受けたのは、昨年8月1日の夕刻、ハーバード大学教育大学院の芝生の上で行われたサマー・インスティテュートのフェアウェル・パーティーの席上のことでした。滞在中、機会あるごとに、「何故この理論が日本ではあまり知られてないのか」と世界中から参加されている250人ほどの教育者と話しては、感じたことを彼に伝えたことがその発端でした。
MI理論はHarvard大学教育大学院が開発したいくつかの主要な、特徴のある教育ツール(Tool)の一つで、この他にもいくつかのツールが開発されています。これをきっかけにその幅と深さを体験されるのも面白いかと思います。以下、未熟な私のメモですが、Howard Gardner教授がMIに関して、色々な場面でされている表現を、ご参考になればと思い、抜粋してみました。
お気づきの点がございましたら、ご教示頂ければ幸いです。
ソニー株式会社
上條雅雄
2003.05.26
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Howard Gardner Lectures 2003
Reference Materials
Masao.Kamijo@jp.sony.com
平成15年5月15日
ソニー株式会社
上條 雅雄
「多重知性(MI)理論」Multiple Intelligences (MI) Theory
概要と私的考察
I. はじめに
21世紀ネットワーク社会を考える時、そこで行われるコミュニケーションにおいて、求められると思われる”個人または個人差をより尊重すること”, とそれに基づき”いかに個人の知性、能力を高めるか”の2点を考えると、何らかの形で人間の知性に基づく 新たな "ものさし" を教育やビジネス、社会などの分野に取り入れることが重要かと思われてきます。
私がこのMultiple Intelligences 多重知性 (MI)という言葉に接し、一日中、関連のWeb siteを読んだ末にハーバード教育大学院がその中心にあると判断し、訪問する事を決めたのは1999年の春でした。そして、その秋にハーバードProject ZeroのMindy Konhaber主幹研究員とじっくりとMIの個人講義を受け、さらにMIを採用している学校をボストン地域とニュージャージー地域で紹介していただき、その実際に運用される様子にもふれることができました。その直後にMindyさんからHoward Gardner教授を紹介されました。以来4年間にわたり、直接、間接的にご指導をいただいております。
II.
多重知性(M I)
まず、M Iに関して, ハーバード教育学大学院 教授Howard Gardnerは次のように述べています。
「人は皆それぞれ一組のMultiple
Intelligences(多重知性)を持っており、少なくとも8-9つの知的活動の特定の分野で、才能を大いに伸ばすことが出来る。(1983)」
II-a. -インテリジェンスの定義-
Intelligence is the
bio-psychological potential to process information in certain ways that can be
activated in a cultural setting to solve problems or make products that are
valued in a culture.
-Howard Gardner-
インテリジェンス(知性)とはある文化的背景において活性化され、問題を解いたり、その文化において価値があるとされるプロダクトを作ることができる、ある種の方法で情報を処理する生物学的、心理学的潜在能力である。
-ハワード ガードナー-
(注) Intelligenceの和訳に関して、書籍によっては、知能とも訳されておりますが、ここでは統一して、知性と訳すことにします。
II-b. 8つの知性 -The Eight Intelligences-
@ 言語的知性 Linguistic Intelligence
言語的知性は心にあるものを表現し、他人を理解するために自国語、他国語を使う能力です。詩人は言語的知性に特化されており、この他にも、政治家、弁護士なども高い言語的知性を持っています。
A
論理・数学的知性 Logical-mathematical
Intelligence
理論-数学的知性が高度に開発された人は、ある因果システムに介在する法則を科学者又は理論家的な方法で理解することができ、数字,量を数学者的に操作します。
B
音楽的知性 Musical
Intelligence
音楽的知性は音楽で考える能力で、パターンを聞くことができ、認識したり、覚えたり、巧みに扱うことできます。
音楽的知性の強い人達はただ容易に音楽を覚えるのではなく、彼らの心の中から音楽を捨てられないのであり、いつどこにいても音楽とともにあるのです。
C
空間的知性 Spatial Intelligence
空間的知性は、心の中に空間的世界を再現する能力−すなわち、航海士や飛行機のパイロットが大きな空間世界を航行し、チェス
プレイヤーや彫刻家が線で取り囲んだ空間的世界で再現する能力です。 空間的知性は芸術や科学において使われ、空間的知性があり、そして芸術に向いている人は、音楽家や著述家より画家か彫刻家または建築家になるでしょう。 同様に解剖学、位相幾何学のような科学でも空間的知性が重要になります。
D
身体運動感覚的知性 Bodily-Kinesthetic
Intelligence
身体の運動感覚知性は、問題を解き、何かの物作りをするために、体の全体または一部、手、指、腕を使う能力です。もっとも明らかな例は運動競技選手や特にダンスや舞台の演技者にあります。
E 対人的知性 Interpersonal
Intelligence
対人的知性は、他の人を理解する知性です。
この能力は我々全ての人に必要ですが、教師、医者、セールスマン、政治家には大いに必要です。誰でも他の人と取引をし、関係を結ぶとき、人はこの領域で熟練を必要とします。
F 内省的知性 Intra-personal Intelligence
内省的知性は、自分が誰か、何が出来るか、何をしたいか、物事にどう反応するか、何を避けようとするか、何に引かれるかといった自分自身を理解することに帰します。我々は自分自身を良く理解している人々に引かれ、それらの人々は他人を苛立たせない傾向にあり、自分達が何をすることが出来るかを知っています。そして、自分達が出来ないことを知っている傾向にあります。そして、助けが必要な場合にはどこに行くべきかを知っている傾向にあります。
G *博物学的知性 Naturalist Intelligence
博物学的知性は人間の自然の世界における雲や岩の形状などの特徴への感度だけでなく、植物、動物など生物間の識別能力を示します。 この能力は猟師、収集者、農民としての我々の進化論の過去において、明確に価値のあるものでありました。それは植物学者又はシェフとしての役割において、中心を構成するものとして継続しています。私は我々の消費者社会の多くはこの知性を活用していると見ています。そして、博物学的インテリジェンスは車、スニーカー、化粧品類等々の中の識別において動員されています。ある科学分野で価値を評価されているパターン認識もこの知性を思い出させます。
*「博物学的(=博物学者)」…..博物学者は、自分の環境の多数の種、つまり動植物を見分けて分類するすぐれた能力を発揮する。
II-c. Smarts(賢さ)
インテリジェンシズは生徒が学習の過程にもたらす “Smarts”(賢さ)を表わし、各個人は固有の、複数のインテリジェンスのamalgam(*合成、組み合わせ)を持ち、それが我々一人一人を区別しています。
*個人により異なるレベルの、各々の複数のインテリジェンスの組み合わせをSmart(賢さ)という言葉で表現した例です。
II-d. インテリジェンスは習得できる、M I レンズ
-Intelligences are learnable- M I 理論によるとインテリジェンスは学び得るものであり、人はよりスマートになり得る。言い換えると我々のインテリジェンス
プロフィールは変化する。
さらにある一つのインテリジェンスが幾つかの領域、職業(例えば:ピアニスト、彫刻家、コンピュータープログラマー等)の中に現れることが出来る。このように生徒を知ることは彼らが成長し、賢くなることにより、新しい、または進歩した内容の興味を持つようになるのを見ることが出来るようになることを意味する。MI観察は “catch
students at their best.”
(生徒が最良な時を捉える)をM I レンズを通してじっくり見るかのように継続的追求することで説明される。
II-e. インテリジェンス・プロフィールは変化する。
MII理論によるとインテリジェンスは学び得るものであり、人は「よりスマート」になり得る。言い換えると我々のインテリジェンス
プロフィールは変化する。
さらにある一つのインテリジェンスが幾つかの領域(バイオリン演奏、料理とか。。。)の中に現れることが出来る。
II-f. -The
more time,…the better. -
各々のインテリジェンスは生物学的に根ざす。全ての個人はその各々のインテリジェンシズを約束されている。生物学的と周囲の状況の要素間の絶えず続く相互作用において、インテリジェンシズは教育され得るものであり、変化し、成長するものである。MI理論によると、個人があるインテリジェンスを使うことに「より多くの時間をかけるほど、そして、指導と教材が良ければ良いほど、その人は賢くなる」。
III. エントリー・ポイント Entry Points
III.-a. 5つのエントリー・ポイント
このフレームワークは「どんな学習課題にも5つの入り口がある」ことを特色としている。 :
the Aesthetic(審美), the Narrative(説話), the
Logical/Quantitative(論理/量), the Foundational(根拠), and the Experiential(経験).
5つの全てのエントリーポイントを経験することで次の発見することが出来る。:
1) 彼らがあるエントリーポイントの方を他方より、何時どういう時に好むか?
2) どんな学習課題でも幾つかの異なる考え方を学ぶのに有効な道がある。
いかに豊かな、ためになる学習課題でも、どのような教える価値のあるコンセプトでも、MIの上に写し、おおよそ、少なくても5つの異なる仕方で近づくことが出来ると私は信じている。学習課題には少なくとも5つのドアか入り口があると考えることが出来る。(H.Gardner)
III-b. 生徒達にとってどのエントリーポイントがもっとも適切か、
そして、一度そのコンセプトの部屋へ入った後、どのルートがもっとも快適かはそれぞれの生徒によって異なる。これらのエントリーポイントを知っていることは新教材を導入する時、その複数のアプロ−チにおいて、教師を助けることが出来る。それにより、その教材が多くの生徒によって理解されることが出来る。そして、生徒が他のエントリーポイント(複数)も探査出来るといくつかのものの見方をする機会を開発出来る。これは固定概念的な考え方に対する最良の手段である。
III-c. エントリーポイントと M I 理論
この両者には各々のフレームワークが他のために密接な関係を持っているような、重要な共同作用があるけれども、それらの特有分野では機能が異なる。要するに
M
I 理論は(学習している)学生、生徒を考察する時により役に立ち and エントリー・ポイント概念(the
Entry Point Approach)はText (学習される物)を考察する時により有用である。
IV. “人間の能力の開発” ハワード・ガードナー
MIとエントリーポイントにふれた後でもう一度H.ガードナー教授の知性の開発についての考え方をふりかえりましょう.
1. 多重知性(Multiple Intelligences)はメディアやすでにある、または製作される教材によって供される。
先生自身の好みのスタイルには関係無く、異なる知性又は知性の組み合わせに語り掛ける教授資料が導入され得る。実際、将来には“同一の”教科コンセプトまたは教科構成概念について、まったく個人毎のアプローチを各生徒へ用意することが可能になるであろう。 -"Choice
Points"- H.Gardner
Multiple Intelligences
are also served by the media and resources that are available or constructed.
Independent of a teacher’s own preferred style or
styles, instructional materials can be introduced that ‘speak’ to
different intelligences and combination of intelligences. Indeed, in the
future, it may be possible to offer students quite individualized approaches to
the "same" curricular concepts or frameworks.
-"Choice Points"- H.Gardner
2. 全ての人々の知性の開発は我々の時代の基本的な目的でなければならない。平和、民主主義,世界中の自由を保証するために、個人の、あらゆる市民の知性の開発が、世界の全ての国の国家的ゴール、全世界のゴールにならなければならない。
知性の開発なしに、人は社会生活に意識して、責任を持った形で参加することは出来ない。参加は各個人のポテンシャリティーの徹底的な開発によるものである。そして知性の開発そのものは全人類の能力の開発を意味している。
“Choice Points” –As Multiple Intelligences Enter The School- H.Gardner
V. 日本の読者へ ハワード・ガードナー -2001年5月-
MI:「個性を生かす多重知能の理論 」 松村暢隆:訳(新曜社)から抜粋
-”Intelligence
REFRAMED” - Multiple Intelligences for the 21st Century - Howard Gardner-
2000年5月に機会があって、日本を訪れたとき、多くのひとたちが、新しい心の考え方に興味をもち、私と同じように、子どもたち一人ひとりの個性を出来る限り伸ばしたいと願っているのを感じました。MI理論を仲立ちにして、教育をより良くするために、私たちは話し合ったり一緒に仕事をしたりできるのです。(*MIをツールとして)
教育方法が効果的であるためには、二つの要因が必要です。ひとつは確固たる科学的根拠にもとづいていることです。私は認知心理学を研究して、確信したのですが,人はみな、いくつかの別々の知能を持っていて、一人ひとりが、それらの知能をまったく個人的なやり方で組み合わせているのです。また別の方面の認知を研究して納得したのですが,学問をきちんと理解するのは、実は大変難しいことです。それはとりわけ、幼児期から身につけた「常識」的見解が、現代の学問を修得する妨げになることが多いからです。日本で長年実践されてきたような優れた教育方法といえども、これらの二つの要因が改めて考慮されなければなりません。つまり、多重知能が存在するということと、本物の理解を得るのは難しいということです。
しかし、同時に科学それ自体は、教育方法を組みたてるには十分ではありません。もう一つの要因として、価値や目標もまた、絶えず考慮する必要があります。価値の領域についてなら、日本の人々は恵まれています。勤勉が重視され、文化や歴史が尊重されておりますし、親密な家族や組織、地域社会がありますから、日本の方々は、効果的な教育を開始し,続けていくのに有利な立場にいます。私たちの時代の教育は、当然、過去の教育とは違うでしょうが,このような確固たる価値は、新しい教育も支えつづけるでしょう。
私たちが21世紀にふさわしい教育を創り出そうとするなら、私たちのいちばん基本的な仮定から考え直す必要があるでしょう。個人差や学習についての考え方が、そういう努力に対して、なにほどか貢献できればと願っています。
VI. おわりに
2000年を迎えた時、特に次のメッセージが私(上條雅雄)の記憶に残っておりました。
−自分の強い点、得意な点は何か見直して、その分野で楽しむ。
−Active Aging Campaignフォーラムにて− PFドラッカー
−天性を知り育成に努める。
−NHK TV朝のインタビュー− 江崎玲於奈
知性の時代が今、目前に来ているのは確かのようです。
私はハーバード教育大学院の教育者向けオンライン講座で2001.の春にMultiple Intelligences Theory: Pathways into Practiceを受講し、この理論の目標と現状に関し、より深く学ぶことが出来ました。この理論を理解し、おたがいに一人一人のMIプロフィールを尊重する、教育、社会ができると、個人を適正に評価する世の中が出来るものと思われます。それにより、より多くの人がさらに自分の得意の分野での潜在能力を伸ばすようになり、結果として,その領域(domain)に介在するいくつかの知性を一層伸ばすことができるようになります。これらの分野は将来、技術的にも メタデータMetadata(データを説明するデータ)等が、一層進展することで、世の中は着実に支えられ、動いて行こうとしています。これらを意識して、自分のプロファイルを知り、快適に活かして、着実に明確な長期目標(Throughline)を設定して、自己を伸ばして行くことが、子供、学生、高齢者を含む生涯教育の場面にまで生かされる必要があると考えます。そして、そうなっていくものと私は信じております。
今までで私が知っていたIQそして、最近のEQは、実際に私達が持っている知性の中の特定の知性についてのみ対象としていることが、以上よりわかって来ます。ハワード・ガードナー教授は教育学の教授であり、心理学の担当教授であり、さらにワシントン大学の神経学の担当教授でもあります。ここで、詳細はふれませんが、その背景の下に科学的に知性の分野を究めておられる世界の第一人者であられます。またMIを採用している学校をボストン地域で2校、ニュージャージー地域で1校を訪問し、校長先生や先生達と話し、授業を見学して感じたのは、どの学校も楽しい雰囲気で生徒の作品が壁一面に飾られていることでした。そして生徒一人一人のMIポートフォリオ(知的資産一覧)のファイルが出来ていました。この滞在期間に幸いにももう一人の専門家ダニエル・ゴールマン氏のボストンの教会堂で行われた講演会で、講演の前後にインタビューすることが出来ました。私の手許の文庫本「EQ・心の知能指数」にはマーカーが入っていましたが,彼はそれが日本で好評であることを知り喜んでいました。この時以来、今年で私は4回目のハーバード教育大学院での滞在を、このサマー・インスティテュートSummer Instituteで過ごしました。全世界から集う250人余の教育者達と一緒に学びながら、また新たなパズルを発見しに、ここに戻って来た喜びを感じました。
VII. 参考資料:
Books:
l
Wide World Online Learning for
Educators Multiple Intelligences Theory:Pathways to Practice -Spring 2001- Julie Viens
l
“Frame of Mind”, “Multiple Intelligences-Theory in Practice-“,
“The
Disciplined Mind” ,
Howard Gardner
l
Intelligence Reframed –Multiple
Intelligences for the 21st Century-
Howard Gardner
邦訳版 ”Intelligence REFRAMED” -Multiple Intelligences for the
21st Century - ハワード・ガードナー著
MI:「個性を生かす多重知能の理論 」 松村暢隆 訳 新曜社
l
”INTELLIGENCE -Multiple
Perspective-”
Howard Gardner, Mindy L. Kornhaber, Warren K. Wake
l
”Outsmarting IQ”
David N. Perkin
l
”7Kinds of Smart”
Thomas Armstrong
l
“Multiple Intelligences in the
Classroom 2ndEdition”
邦訳版 マルチ能力が育む子どもの生きる力 トーマス・アームストロング
吉田新一郎・訳 小学館
l
幼児教育と脳 澤口俊之 文春新書
l
「EQこころの知能指数」
ダニエル ゴールマン
土屋京子・訳 講談社
Harvard Website:
1)Harvard Project
Zero : Multiple Intelligences theory他、参考資料等
2) Adult Multiple
Intelligences
3) Education with
New Technologies (ENT)
Networked Learning Community の中に教育資料、外部 recommended Web siteも多数入っています。
http://learnweb.harvard.edu/ent/register/register.cfm
4)Active Learning
Practice for Schools(ALPS)
Harvardとネットワークのある学校群。
http://pzweb.harvard.edu/Research/ALPS.htm
5)Harvard Graduate
School of Education, Wideworld Online Course
http://wideworld.pz.harvard.edu/
以上